「ガチャに外れた」は他責思考

教養

最近、世間で「親ガチャ」「子ガチャ」という言葉を目にするようになりました。

そもそも、このガチャとは何かというと、スマホゲームなどで欲しいキャラクターや
レアなアイテムなどを抽選で手に入れる、というもの、とでも言えば伝わるでしょうか。

ガチャの語源は、よくスーパーマーケットの前などにある、100円を入れて
レバーをガチャッと回すとカプセルなどの景品がもらえる、あのガチャから来ています。

この「ガチャ」という言葉が、個人的にはあまり望まれない使われ方を
しているんじゃないかなと思っています。

例えば、親が全く面倒を見てくれなかったり、暴力を振るわれたり、子供にとって
望ましくないような親であった場合、「親ガチャに外れた」という言い方をしたりします。

逆に、子供が非行に走ったり、他人に迷惑をかけて言うことを聞かないような状況になると、
「子ガチャに失敗した」と表現したりします。

こういう表現をしている人って、親子関係に限った話ではないですが、どうも
他責思考で物事を考えているように見えてなりません。

ガチャという表現からは、ガチャを回しても当たるかどうかは抽選次第だから、
自分でコントロールすることができないもの、という意味合いが含まれている
ように思います。

でも、よくよく考えてみてください。

多少スピリチュアルな話になるかもしれませんが、その親元に生まれたのも、
そのような子供を持ったのも、全ては自分が選んだ結果なんじゃないでしょうか。

よくも悪くも、自分が選んだ結果として起きている事象であれば、
全ては自分の責任であると私は思います。
自分の責任なんだから、その結果に対して文句を言ってもしょうがないですよね。

「親なんて選べるもんじゃないよ」
「子供がどんな性格になるなんてわからないじゃないか」
という人もいるかもしれません。

でも、どういう親の元に生まれてくるかは、今の世界に生まれる前の
自分の行いによって決まっているんだとすれば、その親の元に生まれることも、
その行いの結果ということになります。

子供だって、今まで自分が親になる前に撒いた種が、そのような子どもという
結果になるわけですから、これもやはり自分の選択の結果ということになります。

ちょっとぶっ飛んだ話のように思えるかもしれませんが、私が言いたいのは、
全ては自分の行動の結果であると考えれば、誰かに恨みを持つこともないし、
誰かを傷つけようとすることもない、それよりも、自分の内側に原因を求めて、
自分の行動を変えていこうという発想につなげられるんだ
ということです。

私の独立も、私が選んだ結果です。
独立の結果、何か自分に悪いことが起こったり、収入が不安定になったりしても、
自分が選んだ結果なんですから、誰かに当たり散らしたりせず、自分の選択の
何がいけなかったのかを考えて行動に移すようにしています。
(ちょっとは愚痴るかもしれませんが笑)

こういう他責思考ではなく、いうなれば「自責思考」で考える人がもっと増えれば、
世の中もっと生きやすくなるんじゃないかと思いますね。

原因は全て自分の内側にある。この発想を持って、自分の行動から変えていきましょう。

~編集後記~

  • 今日は月次決算支援の第8営業日目をリモートで。思ったより早くタスクが終わったので、
    別途依頼をいただいていた業務改善系のタスクを進めました。
  • お付き合いのある監査法人の方からスポットで業務のご依頼が。ショートレビューを
    単発でやるかもしれません。
  • 夜は公認会計士協会へ出向いて会計普及委員会の全体会、からの懇親会です。
    今週は昨日から飲み会4連チャンなので、どこかで食事を立て直さないと。
  • 今日も相変わらず空気を読まずに他人の寝床に侵入するうちの黒猫
勝手に入ってこないでよー!(←ハナコ →カツオ)

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